広島地方裁判所 昭和47年(行ウ)3号 判決 1972年10月31日
広島市南観音町五丁目七の二〇
原告
有限会社 新谷商店
右代表者代表取締役
新谷邦夫
右訴訟代理人弁護士
池田博英
広島市加古町九の一
被告
広島西税務署長
田村清二
右指定代理人
清水利夫
右同
上山本一興
右同
広津義夫
右同
加藤嘉久
右同
田野昭二
右当事者間の行政処分取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
被告が、原告に対し、昭和四四年五月二六日付で、原告の昭和四〇年四月一日より昭和四一年三月三一日にいたる事業年度以降の青色申告書提出の承認を取消した処分は、これを取消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
原告
主文同旨
被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
第二当事者の主張
一、原告の請求の原因
1 被告は、主文掲記の原告の青色申告承認の取消処分(以下本件取消処分という。)をなした。
2 原告は、右処分を不服として、昭和四四年六月二五日に被告に対し異議申立をしたが、同年九月二二日付でこれを棄却され、さらに同年一〇月一八日に広島国税局長に対し審査請求をしたが、昭和四六年九月二三日付で棄却され、同年一〇月二六日、右棄却の裁決書謄本の送達を受けた。
3 しかし、本件取消処分は、次の理由により違法であるから取消されるべきである。
(一) 本件取消処分の通知書には、処分の理由として、法人税法一二七条一項一号および三号に掲げる事実に譲当する旨の記載があるだけで、その基因となるべき具体的事実の記載がない。しかし、同条二項の文理からいつても、取消処分の理由である基因となるべき具体的事実の記載が義務づけられているということができる。また、同条一項の各号は抽象的に類型化されたものであるから、その指摘があるのみでは、納税者は具体的事実の有無を知り得ないものであつて、右の如き形式の処分は実質的にも不当である。殊に、右の如き類型化された各号の指摘のみで足りるとするとと、処分の公正妥当は期待し得ないことになる。
(二) 被告のなした昭和四四年九月二二日付異議申立棄却決定には、その理由として、簿外記入、簿外売上の不正事実が認められ、備付帳簿の記載内容に真実性がないから青色申告の承認を取消した原処分は相当である、とのみ記載されている。しかし、右記載は、抽象的な表現にとどまり、具体的事実の存在については、何ら記載されていない。このような記載をもつて原処分を相当とする理由を明らかにしたものとはいえず、したがつて、右決定も法の要求する理由附記がなされていないから違法である。
(三) 被告は、昭和四一年一一月一七日付で、原告の昭和四〇年四月一日より昭和四一年三月三一日にいたる事業年度(昭和四〇年事業年度という。)の青色申告にかかる法人税額等の更正処分をなした。右更正処分は、原告が青色申告書提出の承認を受けたものとして適格であることを確認したものであり、反面、当該事業年度分については、青色申告書提出承認の取消しという国の権利を放棄したものである。また、右更正処分を取消し、その効果を消滅させない限りは、本件取消処分の効果は生じない。
(四) 原告には法人税法一二七条一項一号および三号に掲げる事由に該当する事実はない。
二、被告の答弁
(請求原因に対する認容)
請求原因1項および2項は認める。請求原因3項(一)のうち、本件取消処分の通知書に処分の理由として法人税法一二七条一項一号および三号に掲げる事実に該当する、とのみ記載されていること、同項(二)のうち、原告主張の異議申立棄却決定にその理由として、簿外記入、簿外売上の不正事実が認められ、備付帳簿の記載内容に真実性がないから青色申告の承認を取消した原処分は相当である、とのみ記載されていることは、それぞれ認めるが、その余は争う。
(被告の主張)
1 青色申告書提出承認の取消し通知書に附記すべき理由は、取消しの基因となつた事実が法人税法一二七条一項各号のいずれに該当するかを記載すれば足りると解すべきである。その理由は次のとおりである。
(一) 法人税法は、青色申告承認取消処分について同法一二七条において、その実体的要件を一項一号から四号までに、またその手続的要件を二項にそれぞれ規定している。これによれば、その理由附記に関し「………その書面には、その取消しの処分の基因となつた事実が同項各号のいずれに該当するかを附記しなければならない。」としている。これに対し、青色申告書にかかる更正処分については同法一三〇条において、その実体的要件を一項に、その手続的要件を二項にそれぞれ規定し、その理由附記に関し「更正通知書にその更正の理由を附記しなければならない。」として、特にその規定の表現を変えている。そして、この表現の差異が無意味なものでないことは、右各法条の立法の経過および旧法人税法(昭和二二年法律第二八号)当時におけるこの規定と他の処分にかかる理由附記に関する規定との対比からも理解されるところである。
すなわち、まず青色申告承認制度が法人税法にとり入れられた昭和二五年法律第二七号による同法改正(改正旧法という。)の際には、同法二五条七項一号ないし五号の青色承認取消しに関する実体要件の規定とともに、同条八項において、現行法人税法一二七条二項前段の手続要件に関する規定が設けられたが、同項後段の附記の規定は設けられなかつた。それと同時に、青色申告書にかかる更正または決定の通知についての手続要件に関する規定が設けられたが、これについては、前述青色承認取消しの手続規定として、改正旧法二五条八項において「政府は、第三項の申請書の提出があつた場合において当該申請の承認又は却下をなしたとき、または前項の規定による承認の取消しをなしたときは、当該法人にこれを通知する。」とあつただけであるのに対し、改正旧法三二条(課税標準の更正または決定の通知)には「政府は第二九条ないし第三一条の規定により課税標準もしくは欠損金額または法人税額や更正または決定したときは、これを当該法人に通知する。この場合において、当該更正または決定が青色申告書を提出した事業年度分についてなされたものであるときは、通知の書面にその理由を附記しなければならない。」と明りように附記すべき事項として、更正または決定の理由、すなわち「課税標準もしくは欠損金額または法人税額を更生または決定するに至つた理由」を附記しなければならないものとしていた。ところが、その後、昭和三四年法律第八〇号による改正旧法の一部改正の際、前述二五条八項(昭和三二年法律第二八号により九項となる。以下九項という。)の規定はこれを前段とし、その後家として「………この場合において、前項の規定による承認の取消しの通知をするときは、当該通知の書面にその取消しの基因となつた事実が同項各号のいずれに該当するかを附記しなければならない。」という附記の規定がはじめて設けられ現在に至つているのである。
なお、現行法人税法は、その後、昭和四〇年法律第三四号をもつて全文改正されたものであつて、その際改正旧法二五条各項が現行法人税法一二一条ないし一二八条に整備されたのである。
改正旧法が、前述のとおり昭和三四年法律第八〇号によつて改正された当時、他の処分の理由附記に関して改正旧法に規定があつたのは、更正または決定の通知に際しての理由附記の規定(三二条)、再調査請求に対する決定の通知に際しての理由附記の規定(三四条第七項)および審査請求に対する決定の通知に際しての理由附記の規定(三五条五項)の三つであつたが、いずれの条文も「その理由を附記する。」という表現を用いていたのである。そして、改正旧法二五条九項に右の後段の規定を設ける際、その立案にあたつては、当然に右三つの規定の表現も考慮したうえで、特にこの表現を変えて、該当条項のみを附記すれば足りるという趣旨を明らかにするため右のような表現の規定が設けられたのである。
右のような立法の経過を顧りみ、そしてこの条文をすなおに解すれば該当条項の附記のみで足りるものと解するのが相当であり、原告が主張されるように法人税法一二七条二項の理由附記に取消処分の基因となつた具体的事実までも附記しなければならないものと解する合理的理由は見出し得ない。特にそれが手続的規定である以上、特段の理由がない限り文理解釈をなすべきが当然であることに留意すべきであり、右条項を取消しの基因となつた事実とそれがどの条項に該当するかを記載すべきであることを定めたものとして読みとるためには、「取消しの理由を附記しなければならない。」または「取消しの基因となつた事実およびその該当条項を附記しなければならない。」などと規定されるべきである。
(二) 前述のとおり法人税法一二七条二項後段は、その文理解釈からして、該当条項の記載のみで足りるものと解すべきであるが、なお取消しの基因となつた事実をも記載すべきものと解すべき特段の合理的理由があるかどうかを考えるに、まず、その前提として本件承認取消処分の性質と附記を命じた法の趣旨・目的を検討する必要があろう。
そこで、更正処分との対比において青色承認取消処分の性質について考えてみるに、まず前者は、納税者から提出された納税申告書に記載された課税標準もしくは欠損金額または法人税額の計算が国税に関する法令にしたがつていなかつたとき、その他当該課税標準等がその調査したところと異るときは、その調査により当該申告書にかかる課税標準等を更正するものである。その更正は、直接に当該法人の課税標準等という数額にかかわるものであり、税務当局が当該法人において誠実に記載したその信頼性ある帳簿書類に即して、調査した結果、金額と科目の点に誤りを発見した場合になされるのであるから、当該法人の右帳簿書類の記載以上に信憑力のある資料を摘示して、更正の具体的根拠を通知しなければ、当該法人としては、更正金額が何故に生じてきたかを知ることはできないのである。それゆえに、更正の理由附記としては、いかなる勘定科目にいくらの脱漏があり、その金額はいかなる根拠に基づくものであるか、その記載自体から納税者が知りうるほどに明示されねばならぬこととなるのである。
これに対して青色申告の承認取消しは、そのようなものではなく、帳簿書類の備え付けとその記帳が信頼関係を裏切るが如き法人税法一二七条一項各号所定の事由に該当するに至つたそのこと自体を確認し、しかる後その承認を取消すものであつて、それは個々の具体的数額が直接問題となるわけではない。
元来、青色申告の承認は、事業年度開始の日までに、所轄税務署長に法定の事項を記載した申請書を提出することにより、通常は拒絶されることなく承認される建前になつている。すなわち、法人税法一二三条各号の却下要件に該当しない限り、税務署長は右申請を承認しなければならないし、また当該事業年度終了の日までに当該申請の承認または却下の処分がなかつたときは、当該申請の承認があつたものとみなされる(同法一二五条)のである。しかしながら、この承認がなされた時点において、直ちに青色申告法人としての特典を享受できるというものではない。いな、むしろ、この法人が所定の帳簿書類を備え、その当該事業年度を通じ、所得の基因となる取引事実のすべてを漏れなく、しかも複式簿記の原則にしたがい、組織的、かつ、継続的に、また整然、かつ、明りように記録し、その記録したところに基づき決算整理を行ない、貸借対照表および損益計算書を作成し、これに基づいた確定申告をしてはじめて青色申告法人としてのいわゆる特典を享受できるのである。要するに、当該事業年度を通じ、誠実かつ信頼性のある帳簿書類の記録態度が持続され、それに基づく適正な所得計算がなされたとの実態がととのつていなければ、確定申告の時点において、青色申告の特典が生かされることもないのである。
それゆえ、青色申告法人の承認は、これを申請すれば容易にその承認を得られるわけであるが、しかし、全事業年度を通じ法令所定の帳簿書類を完備し、誠実にこれが記帳を続け、それに基づく正しい会計処理と所得計算をするものでなければ、この帳簿書類に即して課税標準等を算定することはもはや期待できないのであるから、そのような場合には、青色申告の承認を取消されるもやむを得ないところで、青色申告法人としての特典はもちろん享受できないといわねばならない。したがつて、青色申告承認取消処分なるものは、かかる誠実な信頼性ある帳簿書類の完備と記帳が行なわれていないという場合には、そのことを確認する意味において、当該承認を取消すものにほかならない。ゆえに、この処分は、一旦与えた特典を将来にわたつて剥奪するものでもなければ、制裁的機能を有するものでもない。
このように、青色申告承認の取消しは、誠実、かつ信頼性のある帳簿を完備、記録していない納税者に対し、その帳簿書類の信頼性と誠実性の欠如を理由にこれが承認を取消さんとするものであり、その信頼性、誠実性の欠如を示す該当条項を附記すれば足りるものとしており、個々の科目や数額をその帳簿書類に直接関連させながら、逐一克明に摘示しなければならない必要性は全くないのである。
したがつて、青色承認取消処分と更正処分とは、互いにその性質を異にしているばかりでなく、これが処分通知書に当該処分の理由を附記しなければならないその必要性と趣旨も異なるものであるから、その附記さるべき内容(ないしは態様)は、おのずから相異なるものといわなければならない。
(三) 法人税法は、信頼性、誠実性を欠くと認められる青色承認取消し事由として具体的な場合を四つの類型に法定化しそれぞれ独立した取消事由として法人税法一二七条一項一号ないし四号に明文化している。そして、これらの各取消事由は、近代的帳簿組織を備え、複式簿記の原則にしたがつて帳簿書類を整備してゆくに必要な会計処理の能力と要員、組織を備えている一般の青色法人にとつては、まごうことなく、その各号所定の取消事由が、当該法人の帳簿書類の整備、記帳との対応の関係において、いかなる意味内容を有するものであるかを十分に認識しうるように明確化されているのである。
しかのみならず、実務上の通例として、青色法人がなんら関知しないところに、突然に承認取消し通知が届けられるということは全くない。かかる承認取消しがなされる場合、それに先立つてまず、税務調査が行なわれる。税務署の担当調査官は、必ずこれら青色法人の帳簿書類のすべてについて調査するのであり、これにはもちろん、当該法人の経理責任者が立会い、必要に応じて説明し、また質問を受け、弁明する機会が与えられている。それゆえ、通常、調査の全過程を通じていかなる会計処理が問題であるかが必ず論議の対象となり、それに関連し、どの帳簿書類のどの項目と数額について、その記載の不備、不正、脱漏、過大計上、過少評価等があるかが論議されるのが通例である。とすれば、これら一般的な税務調査が行なわれた結果、前記承認取消し通知が発せられるものである以上、そこに記載されている取消事由の該当条号をみれば、右の税務調査を経て所轄税務署長がいかなる調査結果に基づき、当該青色申告承認を取消すに至つたものであるかを了知することができるのである。
法人税法が理由の附記を命じているのは、処分庁のし意を抑制し、その慎重、公正を担保し、あわせて納税者に不服申立ての便宜を与えるなど、その行政の適正化と納税者の権利の救済に資せんとするものにほかならない。
したがつて、その処分の理由が当該処分通知書の記載からしか了知し得ないような場合であるなら、もちろんその処分の通知書には具体的事由を明らかにしなければならないであろうが、処分の通知書の記載が他の諸事情とあいまつて、処分の具体的理由を了知しうるものであるときは(すなわち、その事案の全体との関連において右の記載が法人税法の要求する附記の要件を充たしていると認めうるならば)なんら前述した理由附記を命じた法人税法の趣旨を没却するものではないから、違法な処分として取消されるべきものと解すべきではない。
本件の場合も、原告は、取引先である訴外徳山興産株式会社に対する売上金のうち、総額一、五一二万八、八八九円を中谷商店外三六名の仮装名義で取引し、それを原告の正規の帳簿に記帳せず、かつ確定申告書にも計上していなかつたもので、いかなる具体的理由で本件承認取消し処分がなされたかは原告の十二分に了知しているところであつて、右取消し通知書の該当条項の附記をもつて十分法人税法の要求する附記の要件を充たしているものと解せられ、本件通知書に「取消しの処分の基因となつた事実」までも附記しなければならない合理的理由はなく、なんらの違法はないものといわなければならない。
2 前述のとおり、青色申告承認取消しの通知書には、該当条項のみを附記することによつて十分その要件を備えているのであるが、仮にそうでなくして理由附記の不備があつたとしても、右取消処分についての不服申立てに対する決定等において、承認取消しの理由が明らかにされることによつて右不備はちゆされているものということができる。
すなわち、本件にかかる異議申立ての決定書には、原告の正規の備え付帳簿に記帳されていない簿外の取引(売上、仕入)があつたこと、その備え付帳簿の記載内容は真実性がなく信頼がおけないことが記載されている。さらに、原告からの審査請求に対する裁決書においては、原告は簿外で中谷商店外三六名の仮装名義を使用し、徳山興産に対し、総額一、五一二万八、八八九円の売上除外をしていたこと、および原告の帳簿にはその記録等がなされていないことが記載されている。
そして、右の備え付帳簿に不実記載をし、その取引を仮装隠ぺいしたことがどのようなものであるかは、およそ法人企業としての会計知識を有する原告としては自明のことであつて、青色申告承認取消しの理由附記としては、本件異議申立決定書および審査請求に対する裁決書の前記理由附記程度で十分というべきである。
さらに、かしのちゆについて一言するならば、青色申告承認取消しの通知書の附記に不備な点があつたとしても、異議申立てないしは審査請求に対する審理において新たな主張や資料によつてさらに検討が加えられた結果、これらに基づいて十分な理由を附記した決定・裁決がなされれば、訴訟において、理由不備の形式的かしのゆえをもつて原処分を取消し、あらためて理由の附記をさせる必要はないのである。けだし、決定・裁決の理由附記がととのつておれば、処分の相手方はそれによつて原処分について訴提起を要するかどうかを適切に判断することができるし、他面原処分庁でもある異議決定庁が、そしてまた原処分を裁決において変更する権限を有する裁決庁が、原処分の附記理由としても十分と認められる理由を附した判断を示しているときは、原処分庁にあらためて理由を附記させてみても、結局は右判断と同様の内容となり、それ以上の理由づけを期待する必要もなく、わざわざ原処分のやり直しをさせるまでの理由は全く存在しないのである。
3 原告は、異議申立てに対する棄却決定理由で、原処分の正当性を維持する理由が明らかにされていないから、当該棄却決定処分は違法である旨主張する。しかし、当該決定書には「調査したところ、簿外仕入、簿外売上の不正事実が認められ、備付帳簿の記載内容に真実性がないから………」と記載されており、このことは、青色申告法人である原告の正規の備え付帳簿に当然記帳しなければならない売上、仕入の取引の事実を記帳せず、その取引を隠ぺいしていたことを意味しているものであつて、青色申告法人の記帳としては不誠実、不正確、不明りような記帳であり、その記帳全体について真実性を疑うに足りる相当の理由があることを摘示しているから、原告は当該決定書により青色申告の承認取消しの理由を当然了知することができるのであり、原処分の正当性を維持する理由が明らかにされていないという原告の主張は失当である。
4 原告は、既に青色申告を認めてなされた更正処分と、その後なされた青色申告承認の取消し処分との共存は許されないから、青色の更正処分を取消し更正をしない限り、青色申告承認の取消し処分は無効であると主張する。しかしながら、更正(再更正も含む。)は、税務署長等が行なう行政処分であつて、法人税においては、国税通則法、法人税法等によりその処分の内容である課税標準税額等が客観的、抽象的に定まつており、これらの事項の基礎となる要件事実をは握したうえ、確認するということを内容とする確認行為であつて、青色であろうと、青色以外であろうと、更正そのものには変りはないのである。ただ、青色申告の場合には、法人税法一三〇条によつて帳簿調査、更正通知の際の理由附記等の手続上の規定が附加されているに過ぎないものであり、したがつてこれによつて青色承認の取消処分をなすために、当該事業年度で行なつた青色承認取消処分前の更正を取消す再更正を行なわなければならない理由は毫もないのである。
5 原告は、古鉄金属の売買を業とする会社で、青色申告書提出の承認を受けていたところ、昭和四一年五月三一日被告に対し昭和四〇年事業年度分の確定申告書を提出した。しかしながら、被告が、原告の昭和四〇年事業年度の法人税について調査したところ、次のような事実が認められ、これらによれば、原告の取扱商品である鋼材スクラツプを訴外徳山興産株式会社を通じて訴外日新製鋼株式会社周南製鋼所へ納入しており、そして、これらの取引は明らかに原告の公表帳簿に計上されていない簿外の売上げであることが判明した。
(一) 日新製鋼においては、鋼材スクラツプの購入はすべて徳山興産を通じて各業者から仕入れているが、現品は原告ら鋼材スクラツプ納入業者から直接日新製鋼へ納入し、同時にそれら納入業者から徳山興産名義の「出荷案内書」(内容は、出荷年月日、出荷主、車番号、出荷地、総重量、自重、正味重量等を記載するようになつており、徳山興産から日新製鋼へ提出すべき書類であるが、通常は鋼材スクラツプ納入業者が記載している。)が日新製鋼へ提出される。この納品に対する代金の請求、領収等書類上の処理および決済は、日新製鋼と徳山興産との間および徳山興産と納入業者との間でそれぞれ行われることになつている。
(二) 日新製鋼に鋼材スクラツプを納入する際に納入業者が提出する前記の「出荷案内書」の「出荷主」欄には原告以外の他人名義または仮名が記載されているが、「車番号」欄には原告所有の車両と同一の番号が記載されているものがあつた。この車番号欄は、通常、鋼材スクラツプを納入した車の番号が記載されるものである。
(三) 「出荷案内書」に記載されている「出荷主」「車番号」欄は、仮名または他の納入業者の車番号が記載されているが、その「出荷案内書」に見合う日新製鋼作成の「車両受付簿」(これは納入業者から搬入があると、直ちにその車とともに検量し、検量年月日、総重量、風袋、正味重量、出荷地、品名、入荷、出荷、車番号、整理番号、計量者氏名等を記載することとなつており、風袋には納入業者から前もつて届出のあつた搬入車両の車重量を記載している。)と照合したところ、同受付簿には「風袋」「車番号」欄に原告所有の車両と同一のものがあつた。
(四) 「出荷案内書」の出荷主欄または備考欄には、「新谷」、「新谷商店」と記載されているにもかかわらず、原告の公表帳簿に計上されていないものがあつた。
(五) 日新製鋼に鋼材スクラツプを搬入するにあたり、品質の異なるものを混載し、その一方は原告の公表帳簿に記載し、他方は同帳簿に記載されていなかつた。
(六) 右の(二)ないし(五)に該当する取引について、徳山興産の仕入元帳においては、中谷商店外三六口で金額一、五一一万八、八八九円を原告以外の仮名の口座を設けて計上しているところ、これらの取引において発行された仮名による領収証に捺印されている印形のうちには、原告が鋼材スクラツプを仕入れたとして公表帳簿の仕入勘定に記載している仕入先名義人が原告に対し発行したとされている領収証に捺印されている印影に一致するものがあつた。
(七) そして、原告の昭和四〇年事業年度を含む法人税更正処分についての審査請求段階において、国税不服審判所から、前記仮名取引先に対する徳山興産との取引の有無につき郵便にて照会したところ、「名あて人不明」の理由で返送されて来た。
以上のことから、原告が訴外徳山興産を通じて訴外日新製鋼へ鋼材スクラツプを納入して取引していたことは明らかである。そして、原告は、右取引を仮装隠ぺいして記載した帳簿書類に基づき、確定申告書を提出した。このことは、法人税法一二七条一項一号および三号に該当し、被告は、これらの事由に基づき本件取消処分をしたもので、右は適法な処分である。
第三証拠
原告は、甲第一ないし第三号証を提出し、被告は、右甲各号証の成立を認めた。
理由
一、被告において原告に対し、昭和四四年五月二六日付で、処分理由として、法人税法一二七条一項一号および三号に掲げる事実に該当する、とのみ附記した通知書により、主文掲記の本件取消処分をしたこと、そこで、原告が昭和四四年六月二五日に被告に対し異議申立をしたが、同年九月二二日付で棄却され、さらに同年一〇月一八日に広島国税局長に対し審査請求をしたが、昭和四六年九月二三日付で棄却され、同年一〇月二六日に右裁決書謄本の送達があつたことは、いずれも当事者間に争いがない。
二、本件取消処分の通知書には、前記のとおり、取消の理由として、法人税法一二七条一項の一号三号に掲げる事実に該当するとのみ記載され、右取消処分の基因となつた具体的事実は記載されていない。そこで、かような処分の当否について判断する。
1 被告は、「法人税法一二七条二項が附記することを要求している内容は、同法一二七条一項各号のいずれに該当するかということであつて、取消の基因となつた具体的事実の摘示まで要求していない。このことは、同法の立法の経過、同法が更正決定その他の処分の場合に理由を附記すべきことを規定している文言との間に表現上の差異があることおよび更正処分の場合には具体的数額が問題となるのに対し、承認取消処分は備付帳簿書類についての信頼関係を裏切つた事由を明らかにすればよいという実質的理由からいつても明瞭である。」という。
法人税法一三〇条が青色申告書に係る更正をする場合には、「更正通知書にその更正の理由を附記しなければならない。」と規定しているのに対し、同法一二七条二項後段には「………この場合において、その書面には、その取消しの処分の基因となつた事実が同項各号のいずれに該当するかを附記しなければならない。」とあり、その表現に差異のあることは被告主張のとおりである。しかし後者の場合も文理上「取消しの処分の基因となつた事実」の附記も命じた趣旨と解し得ないわけではなく、また、被告の主張するような立法経過は、もちろん現行法人税法の解釈の参考とすべきではあるが、解釈の決め手となるものではない。したがつて右条項の文理解釈、立法経過からだけでは該当条項の附記だけで足りるかどうか、いずれとも決し難いところであるから、右の文言だけに捉われずに、この制度の目的、承認取消処分の性質、法が前記のような附記を命じた趣旨にてらし合理的に解釈しなければならない。
さて、申告納税制度は、自己の所得金額および税額を自から正確に計算し申告納税する制度であり、納税者が帳簿書類を備え付け、取引を正確に記帳することがその基盤となつているということができ、青色申告制度はこれを推進するために設けられたものである。すなわち、青色申告書提出の承認を受けた者は、所定の帳簿を備え付けて、これに取引を正確に記帳することが義務づけられる反面、推計課税の禁止、更正の手続、方法の制限など所得計算上および納税手続上種々の特典が与えられているのである。そして、右の義務づけられた前提条件が欠けるに至つたとしてその承認が取消されると、一旦与えられた右の特典が将来にわたつて剥奪されるに至るのである。
右の如く、青色申告承認取消処分が一旦与えた特典の剥奪である意義を有することに思いを至すならば、法人税法一二七条二項が承認取消の通知書に理由附記を命じた趣旨は、処分庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、取消の理由を納税者に知らせることにより、その処分に不服のあるものが提起する異議申立ないし訴訟における攻撃の対象を明らかにさせて、不服の申立に便宜を与えることにあると解される。そうであるとするならば、右条項は、取消処分の通知書には、取消の事由として、単に該当条項を記載するだけでは足りず、承認取消の基因となつた事実をも具体的に摘示することを要求しているものとみることができる。なんとなれば、同法一二七条一項は、青色申告承認取消の事由を四つの類型に分けているものの、取消の基因となつた事実が右類型のいずれに該当するかを示しただけでは、納税者において、どのような事由によつて取消されたのか明確に知ることはできず、特に三号の場合は、極めて概括的で具体性に乏しいものであるから、該当条項を示されるだけでは、どの帳簿書類に、どの取引に関してどのような不実の記載があつたとされたのか全く不明であつて、これにより、納税者が取消の具体的理由を了知しうるものとはとうていいいえないからである。法が理由附記を要求している趣旨が右のとおりであるとするならば、この場合具体的数額が問題とならないから具体的事実の摘示が必要でないとする被告主張が採用できないことはいうまでもない。
2 被告はさらに「法人税法一二七条一項に規定する取消事由は類型的に明示されているから、該当条項を摘示することにより、当該法人の帳簿書類の整備、記帳との対応の関係において、いかなる意味内容を有するものであるかを納税者は十分に認識しうるものであり、また、実務の通例として、取消処分に先だち、税務調査担当者によつて当該帳簿書類の調査や種々の質疑がなされるから、これら税務調査の過程を総合して判断すれば、いかなる事由により承認が取消されたかを十分に了知しうるし、本件の場合、原告は取消しの具体的事由を了知していた」旨主張する。
しかし、税務調査の過程で帳簿書類の点検がなされ、個々の不実の記載が指摘されるとしても、それはあくまで調査の段階にすぎず、処分庁の最終的判断として、何をもつて不実の記載とし取消事由としたかを知らしめるものではない。たとえ納税者において、取消理由とされた具体的事実を何らかの形で了知し、あるいは了知しえたとしても、処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制しようとする前記説示の理由附記の法の趣旨を充たすものではない。したがつて、取消しの理由は取消通知書の記載自体において明らかにされなければならない。
以上の次第で、本件青色申告承認取消処分は法人税法一二七条一項の一号三号を指摘するに過ぎず、法の要求している附記の要件を欠くので違法であるということができる。
三、被告は「本件取消処分に理由附記不備の瑕疵があるとしても、右瑕疵は、取消処分についての不服申立てに対する決定等において、承認取消の具体的理由が明らかにされたことによつて治癒された」と主張する。
しかしながら、前記の如く、法が取消通知書に理由附記を要求する所以のものは、あくまでも当該処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、あわせて右処分に対する納税者の不服申立てに便宜を与える趣旨に出たものであるから、後に不服申立に対する決定等において具体的理由を明示してもなんら意味がないということができる。
すなわち、後の異議申立に対する決定または審査裁決書において、処分の具体的理由が明示されたとしても、それによつて取消処分自体の固有の瑕疵は治癒されない。
四、以上の次第で、本件取消処分は違法であるから、その取消を求める原告の本訴請求は、その余の判断をするまでもなく理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹村寿 裁判官 高升五十雄 裁判官 安次嶺真一)